キャタル 代表取締役社長 三石郷史氏
現役MIT生の英語塾社長が目指すニッポンの教育改革とは!?
市場の常識を変えるような華々しいプロダクトやサービスが日々メディアに取り上げられる今日。その裏では、無数の挑戦や試行錯誤があったはずです。「イノベーター列伝」では、既存市場の競争軸を変える挑戦、新しい習慣を根付かせるような試み、新たなカテゴリの創出に取り組む「イノベーター」のストーリーに迫ります。今回話を伺ったのは、英語塾キャタルを経営する三石郷史氏。社長業を続けながら米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の現役生としてEdTechの研究に取り組む同氏に、日本の英語教育をどのように変革しようとしているのかを聞きました。
人生を変えた大きな挫折
もともと歴史に興味があり、人物で言えば坂本龍馬と空海に特にあこがれています。坂本龍馬は、黒船が来航してすぐ「会社を作らなければ」という発想に至ったのがすばらしいですよね。黒塗りの船体と煙突から上がる黒い煙を見て、人々が「どのように戦えば外国に勝てるのか」と慌てふためいているときに、時代の変化を的確に捉え、すぐに行動に移した点を尊敬しています。一方、空海は、平安時代に唐に渡り、サンスクリット語を習得して密教の教えを受け、真言宗として日本に広めた行動力、知性、すべてに畏敬の念を持っています。どちらもグローバルの視野があり、そのような生き方に対するあこがれは若いときから持っていました。
大学卒業後は、外資系の証券会社に就職しました。グローバルな世界に身を置いて働いてみたいという思いがあり、また起業を見据えて金融について詳しくなりたいという思いがあったからです。しかし、その投資会社で大きな挫折を味わいました。出世していくのは、ネイティブ並みに英語を話せるバイリンガルばかり。幹部になれば、ニューヨークにある本社の経営層と頻繁にやり取りすることになります。当然、ネイティブ並みの英語力がないと、コミュニケーションが取れません。
一方、わたしはもともと英語が苦手で、努力はしたもののネイティブ並みに話せるレベルにはなりませんでした。いくら仕事ができても、経営層とコミュニケーションが取れなければ出世できない。その事実に気づいたとき、「英語ができないことで、こんなに大きな機会損失が生まれるのか」と大きなショックを受けました。
それと同時に、「下の世代には自分のような苦い経験をしてほしくない」という思いも芽生えました。そこで、以前から考えていた起業を「英語教育の会社を作る」という形で実現したのがキャタルです。あの挫折がなければ、キャタルは生まれていなかったでしょう。自分の人生の中で、英語を自在に操れないことが大きなコンプレックスとなっていたのです。
日本の英語教育の大きな変化
かねてより、一人の消費者として、日本の英語教育に不満を抱いていました。小学校、もしくは中学校から英語の授業が始まり、大学を卒業しても、英語を満足に操れるのはごく一部に過ぎません。キャタルでは、この不満を解消することを念頭にサービス設計しています。例えば、授業のモニタリングです。英語塾の中には、授業のレビューをしていないところもあるようです。レビューを行わなければ、講師の教え方が良いのか悪いのか、生徒の学び方が良いのか悪いのかが、正確に把握できません。キャタルでは授業をモニタリングしてレビューする仕組みを取り入れています。
また、会話だけに焦点を絞るのではなく、「読む、聞く、話す、書く」の4技能学習に力を入れています。日本では英語産業が盛んですが、文法は予備校で学び、スピーチは英会話学校で習うといった具合に勉強の場が分散されており、非効率的な側面があります。
そうした中、日本の英語教育に大きな変化が起きています。2021年1月から実施される新しい大学入試に、4技能を測る外部試験の活用が認められました。外部試験が導入されることで、大学入試は4技能を重視するように変わっていきます。
これは日本の英語教育における大きな転換であり、わたしも賛成しています。これまでは「センター試験のための英語力」が必要とされていたのが、「社会に出ても通用する英語力」が求められるようになったからです。
4技能を教えられる英語教師が足りない
記述式問題が出されるということで、4技能の中でも特に「書く力」の重要性が高まってきています。「書く力」というのは、単純に文法を熟知しているかどうかだけでなく、自分の考えを相手に伝えるスキルも含まれています。そうした「書く力」をきたえるために大切なのが、「心的イメージ」と「良質なフィードバック」です。
「心的イメージ」とは、想像力のようなもので、「何を書きたいか」をイメージすることです。英語で何かを伝えるとき、まず「伝えたいことは何か」を考える必要があります。そうした心的イメージを持てるように、キャタルでは英語で小説を読むことを授業の一環として取り入れています。小説を読むと、文字情報を通じて心的イメージを自分の中で構築する訓練ができるのです。さらに、小説の要約を英語で書くことで、作家の思考回路を自分の中に落とし込むことができ、「何を伝えたいか」を考える力がついてきます。
一方、「良質なフィードバック」とは、実際に書かれたものに対して「こういう書き方をすると、もっとおもしろくなるよ」「ネイティブならこういう単語の使い方をするよ」といったように、「伝える」ための英語の書き方を教えることを指しています。文法を教えるのとは異なり、実践的な英語の使い方を教えることになるので、より高度な英語力が必要となってきます。
公教育を考えたとき、中学・高校の英語教師が4技能を教えるうえで、大きな課題があります。それは、生徒に英語を教えるのに十分な英語力のある教師が圧倒的に不足していることです。近年の英語入試の傾向から、高校卒業時にTOEFLで100点が取れる英語力があれば安心と言えます。TOEFLで100点とは、英検でいうと準1級~1級に相当します。教師は生徒より高い英語力を持っている必要があるにもかかわらず、英検準1級以上の英語力を有する教師ですら公立の中学・高校を合わせても約2万5,000人しかいません(平成28年度「英語教育実施状況調査」/文部科学省)。
現在、センター試験を受験する学生は約58万人です。それをもとに単純計算すると、中学・高校の6学年では約348万人の受験生がいることになり、その人数に対して十分な英語力を有する教師が圧倒的に不足していると言えます。
教師も必死に努力をして、自身の英語スキルを高めようとしているはずですが、ただでさえ多忙な中で限界はあるでしょう。「良質なフィードバック」を行うには、生徒一人ひとりに対して、これまで以上に時間をかけて懇切丁寧に教育しなければならないからです。このように、試験内容が変わったのは良いことですが、教える側の体制が整えられていないというのが大きな課題として浮き彫りになってきています。
「EdTech」で描く英語教育イノベーション
そうした課題を解決するための糸口としてわたしが着目しているのが、教育とテクノロジーを掛け合わせた「EdTech」の活用です。キャタルでもEdTechサービスである「Rewrites(リライツ)」を2015年にスタートしました。これは生徒が英語で書いた文章を、海外の一流大学の学生がオンライン上で添削するサービスです。
この「良質なフィードバック」を受けるための仕組みは、さまざまな可能性を秘めています。1つは、このサービスを活用することで、教育の地域格差が解消されることです。すべてのやり取りをインターネットで行うので、場所にとらわれず良質なフィードバックを受けることができます。実際、当社はこのサービスを活用することで、福岡にも英語塾を開設しました。
福岡の教室では、バイリンガル人材を教師として採用するのが難しかったため、日本人スタッフを「コーチ」として起用しています。コーチは生徒のモチベーションを高めたり、勉強のペースを最適化したりする役割を担います。そして、英語を教える「ティーチング」の役割は、「Rewrites」を使って世界各地の学生に担ってもらっています。
このように、コーチングとティーチングを分けるスタイルは、日本の公教育にも適用できるのではないかと考えています。そうすれば、前述した教師不足の問題も解決されます。学校の先生はコーチングを主に行い、文章の添削などのティーチングは、EdTechを活用して海外のネイティブ人材に任せる。そうすれば、教師の限られた時間を有効的に活用できるでしょう。これが実現すれば、日本の英語教育にイノベーションを起こせるはずです。
わたし自身もEdTechをより深く学ぶために、2018年9月より、テクノロジーの最先端である米国マサチューセッツ工科大学(MIT)へ留学しています。どうすればEdTechで日本の英語教育にイノベーションを起こせるかを学び、研究していくための新たな挑戦です。月2回のプログラムに出席しなければならないので、しばらくは日本と米国を行ったり来たりする日々が続きます。
社会人として最初に入社した会社で味わった挫折から一念発起して起業し、現在は日本の英語教育を根本から解決する大きな夢に向かって挑戦している。われながら数奇な運命だとは思いますが、「英語ができない」ことで夢をあきらめてしまう人がいなくなるように、これからもチャレンジしていきます。
■会社概要:株式会社キャタル
本社所在地:東京都渋谷区
設立:2002年2月
代表者:代表取締役社長 三石郷史
資本金:1,000万円
従業員数:40名(2018年8月31日時点)
事業概要:子ども・学生向け英語塾「英語塾キャタル」運営
ライティング添削プラットフォーム「Rewrites」運営
■プロフィール:三石郷史(みついし・さとし)
群馬県桐生市出身。1998年、慶應義塾大学経済学部卒業後、メリルリンチ証券会社に入社。英語に苦労した経験から、次世代に同じ思いをさせないで正しく英語を学べる場所を作ろうと、「小中高生をバイリンガルにする」英語塾キャタルを2002年に創立。「4技能」という言葉が生まれる前から「書く力」「話す力」の重要性を説き、これらのスキルをしっかりと育成するため、バイリンガル教師を活用した独自のカリキュラムを提供する。自身も教師の育成・指導を行う。また、生徒たちに海外滞在歴がなくても世界に挑戦できることを示そうと、海外留学に挑戦。TOEFLで102点を取得し、マサチューセッツ工科大学(MIT)に合格。2018年9月より日米を行き来しながらMIT現役生と社長業を両立中。