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ニコン 映像事業部 開発統括部 第一設計部長 村上直之氏
「解は必ずある」――数々の名機を生み出したカメラ開発の匠が語るリーダー論

市場の常識を変えるような華々しいプロダクトやサービスが日々メディアに取り上げられる今日。その裏では、無数の挑戦や試行錯誤があったはずです。「イノベーター列伝」では、既存市場の競争軸を変える挑戦、新しい習慣を根付かせるような試み、新たなカテゴリの創出に取り組む「イノベーター」のストーリーに迫ります。今回話を伺ったのは、カメラ製造大手ニコンで開発統括部第一設計部長を務める村上直之氏。主力製品であるデジタル一眼レフカメラ「Dシリーズ」の開発を手がけ、数々の名機を世に送り出してきました。そして、2018年9月に発売されたニコン初のフルサイズミラーレスカメラ「Z 7」では、カメラ業界に新たな風を吹き込みました。30年以上にわたりカメラ開発の第一線で活躍を続ける村上氏に、自身のリーダー論を語っていただきました。

 

カメラの設計には2,000点を超すパーツの熟知が必要

「将来は、多くの人が使う製品の開発に携わりたい」――。大学で機械工学を学んでいるときから、こうした思いを胸に抱いていました。その夢を叶えるため、大手メーカーを中心に就職活動を行い、ニコンに入社しました。そのときは、まさか30年以上にわたってカメラ開発の世界に身を置くとは、まったく予想していませんでした。

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いまでもこの仕事を続けることができるのは、カメラ開発の楽しさもありますが、新人時代に出会ったある先輩社員の影響があります。その方は新入社員のわたしを指導するメンターだったのですが、とにかくその働きぶりが格好よかったんです。カメラ開発には、商品企画、設計、要素開発、工場、営業など複数の部門がかかわります。その方はまだ30代半ばだったのですが、社内からの信頼も厚く、困難な場面に遭遇してもリーダーシップを発揮して、各部門の協力を得ながら問題を解決していました。自分も多くの人たちと協力しながら新製品の開発を成功させたい。新人時代にそのようなあこがれの人物のもとで仕事ができたのは、大きな財産となりました。

とはいえ、すぐに開発リーダーになれるほどカメラ開発の世界は甘くありません。大学時代に学んだ設計図作成の知識は、カメラ開発の現場ではあまり役に立ちませんでした。というのも、1台のカメラは2,000点を超すパーツで構成されており、それぞれの特徴や仕組み、適切な組み合わせなどを把握しないと、設計図は描けないのです。

若手の開発者は、モーター駆動部や光学レンズなど各ユニットの設計から修行を積んでいきます。そうやってさまざまなユニットの設計を経験しながら、いくつもの機種の開発に携わることで、初めて自分なりの設計図が描けるようになるのです。

さらに、開発リーダーになると、設計図を描くだけでなく、スタッフへの仕事の割り振り、関係部門や経営陣、協力会社との折衝などさまざまな業務を抱えます。あこがれだった先輩社員はそれらの業務をこなしながらリーダーシップを発揮していたのかと、自分が仕事を覚えるにつれて尊敬の念がますます強くなりました。

 

いまだから話せる「D40」の開発秘話

これまで「D5」や「D850」など、Dシリーズのほとんどの機種の開発に携わってきました。いずれもデジタル一眼レフカメラではありますが、プロの使用に耐えうる屈強なボディを追求したものや、部品点数を減らして軽さを追求したものなど、それぞれがまったく異なる設計思想に基づいています。そのため、いずれの機種にも思い入れがあります。その中からあえて思い出に残っている1台を選ぶとしたら、わたし自身が初めてリーダーとして開発に携わった「D40」ですね。

2006年12月に発売した「D40」は、小型・軽量化、かつ手軽に購入できる価格設定にすることで、多くの人がデジタル一眼レフカメラに移行するきっかけを作ったエポックメイキングな機種です。それまでのデジタル一眼レフカメラはフィルムカメラの構造をベースにしたものがほとんどだったので、設計の面で改善の余地があるとずっと感じていました。D40では、設計を一から見直し、デジタル一眼レフカメラに最適化された内部構造とユニット配置にすることで、小型軽量化とコストカットを実現しました。

新製品の開発では、細心の注意を払って慎重に進めていても、課題にぶつかることがあります。D40の開発でもその例にもれず、しかも量産開始間近というギリギリのタイミングで致命的なトラブルが発生しました。その日のことは、いまでも鮮明に覚えています。海外工場での量産準備に向けて出発する日のことです。成田空港を飛び立つ直前、先に現地に到着していたスタッフから「準備は順調です」と報告がありました。

安心して現地に向かったのですが、飛行機を降りたとたん、トラブル発生の連絡が入りました。飛行機に乗っているわずか数時間の間に、事態が急変していたのです。急いで工場に駆けつけ、現地のスタッフを交えて数日間、協議を重ねました。その結果、なんとか改善策を見つけて量産に入ることができました。「もう製造できないかもしれない」と何度も心が折れそうになりましたが、こういった危機に直面したときこそ、ニコンにはチームが結束する土壌があることを学びました。

いまでもわたしが海外に出張するとき、飛行機に乗ろうとすると、「また移動中にトラブルが起きるんじゃないか」と同僚からからかわれるぐらい、社内でも有名なエピソードになっています(笑)。そうした困難を乗り越えて世に送り出した「D40」は当時のベストセラーとなり、多くの人に愛される機種となりました。

 

脈々と受け継がれる理想のリーダー像

新たなチャレンジとして2018年9月に発売したのが、フルサイズミラーレスカメラの「Z 7」です。ミラーレスカメラは構造上、反射鏡を必要としないため、小型かつ軽量な設計が可能です。

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また、光学ビューファインダーに迫る自然な見え方を実現した電子ビューファインダーを搭載したことにより、撮影者は出来上がりのイメージをより正確に確認できるため構図や露出に集中することができます。

さらに、ミラーレスカメラの利点を最大限活かすために、「Z 7」では約60年ぶりとなる新たな大口径マウント「Zマウント」を導入しました。Zマウントでは、55ミリの大口径マウントの採用によりミラーレスの光学性能を最大限活かすレンズ設計が可能になり、明るさ、解像度、ピント精度、ボケの美しさなどあらゆる写真表現のクオリティを追求できるようになりました。もちろん、FマウントのレンズをZシリーズで使用するためのアダプターも用意しています。

ボディを小型化しながらも、ボタン配置はこれまでのニコンのカメラの使用感を損なわないようにしているのも特徴です。デジタル一眼レフからフルサイズミラーレスへ違和感なく移行できるはずです。こうしたボディ設計も、数え切れないほどのサンプルを作成しながら、緻密な計算のもとで行っています。社内に「大きな手」と「小さな手」のモデル担当がおり、何度も使用感を確かめてもらっています。できるだけ多くの人の手にフィットするボディにするために、こうした努力は欠かせません。

これまでの30年余り、カメラ開発一筋で走り続けることができた理由を、自分なりに分析してみました。振り返ってみると、「みずから泥を被ること」をいつも意識してきたように思います。特に新機種の開発リーダーを担当するようになってからは、関連部署と連携することが多くなり、そうした姿勢は特に大事になってきます。ピンチに陥ったとき、他人任せにせずに率先して課題解決に挑む。その姿勢を見せることで信頼感が生まれ、自然と周囲が付いてくるようになります。新入社員時代にあこがれていた先輩社員も、まさにそんな人物でした。ニコンの開発チームには、そうしたリーダーを生み出す文化が脈々と受け継がれているようです。

もう一つ、「解は必ずある」という言葉をいつも心の中にとどめています。新たな開発に挑戦するとき、「そりゃ無理だ」と思うような場面は往々にしてあります。それでもあきらめなければ、必ず解は見つかる。そう信じてきたからこそ、DシリーズやZ シリーズなど革新的な製品を開発することができました。

今後は、デジタル一眼レフカメラとミラーレスカメラを両軸に、より皆さんに喜んでいただけるカメラ開発に挑戦し続けたいと思っています。フルサイズミラーレスカメラはまだまだ成長の余地があり、開発者としては挑戦しがいのあるおもしろい存在だと感じています。若い開発者は、ミラーレスカメラのフィールドでこれから多くのチャレンジができることでしょう。わたしがかつて多くの仲間とともに、デジタル一眼レフカメラのさまざまな課題を克服していったように、若い開発者にもミラーレスカメラの可能性をどんどん切り開いていってもらいたいですね。

 

■会社概要:株式会社ニコン
本社所在地:東京都港区
設立:1917年(大正6年)7月25日
代表者:代表取締役兼社長執行役員 牛田一雄
資本金:654億7,600万円(2018年3月末現在)
従業員数:連結2万1,029名/単体4,444名(2018年3月末現在)
事業概要:光学機械器具の製造、ならびに販売

 

■プロフィール:村上直之(ムラカミ・ナオユキ)
1987年日本光学工業(現ニコン)入社。カメラ設計部第二設計課に配属後30年以上にわたり、F-801S、F6など歴代の銀塩フィルム一眼レフカメラから、D40、D850、D5、Z 7、Z 6など最新のデジタル一眼レフカメラ、ミラーレスカメラまで、カメラボディのメカ設計を主に担当。
2015年に第一設計部長に就任し、大口径Zマウントを採用したフルサイズミラーレスカメラZ 7、Z 6の設計に携わる。

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