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横山興業 取締役 商品企画部部長 横山哲也氏
「日本のものづくり」を守れ! 老舗の自動車部品メーカーがカクテルシェーカーを作った理由

BRANDPRESS編集部
2018/12/05

市場の常識を変えるような華々しいプロダクトやサービスが日々メディアに取り上げられる今日。その裏では、無数の挑戦や試行錯誤があったはずです。「イノベーター列伝」では、既存市場の競争軸を変える挑戦、新しい習慣を根付かせるような試み、新たなカテゴリの創出に取り組む「イノベーター」のストーリーに迫ります。今回話を伺ったのは、トヨタのお膝元である愛知県豊田市で60年以上にわたって自動車部品の製造を手がける横山興業の横山哲也氏。老舗の自動車部品メーカーの中で、横山氏は金属加工職人の研磨技術を活かしてカクテルシェーカー「BIRDY.」を開発。世界のバー業界で話題となっています。「日本のものづくり」に対する同氏の思いを聞きました。

 

何でも1人でやってしまう性分

学生時代は、“普通アレルギー”とでも言いますか、とにかく人と違うことがしたいと常々思っていました。いちばん変わっていたのは服装ですね。腰ぐらいまで髪を伸ばして、旅行先のインドネシアで購入した男性用スカートを腰に巻いて通学したりしていました。いま考えると、相当な変わり者ですね(笑)。

あこがれの人物は、昔も今も変わらずデヴィッド・ボウイさんです。彼は常にファンをアッと驚かせてくれます。いくつかヒット曲を出すと、音楽のスタイルをガラッと変えるんです。これまではフォークだったのに、いきなりグラムロックの曲をリリースしたりするんです。奇抜なファッションも話題でしたが、学生時代はその影響を強く受けていました。

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大学卒業後は、もともと興味のあったクリエイティブ系の仕事に就きたいという思いもあり、テレビとWebの制作会社を渡り歩きました。特にWeb制作会社では、プログラミングを主に担当しつつ、企画・ディレクションからデザインまで全部1人でこなせるようになりました。自分はなんでも1人でやろうとする性分なようです。

Web制作会社で2年ほど働いたあと、知人が創設した制作会社に転職し、Web部門を新たに立ち上げました。そこでも、1人で幅広い業務を担当していたのですが、どうしても量に限界が出てしまうんですよね。結果的に会社の売り上げを飛躍させることができず、部門としては頭打ちになってしまったんです。1人で何でもやろうとする自分の気質が仇となることを身をもって経験しました。

ちょうどその時期、横山興業がタイに工場を設立するということを、経営者である父から聞きました。横山興業は祖父が創業した自動車部品メーカーで、父が2代目の社長です。父から現地の立ち上げを支援する日本人スタッフが不足していることを聞かされ、ふと「横山興業で働いてみようかな」という思いが芽生えました。

兄がすでに後継として横山興業に入社していたため、父からは「会社を受け継いで欲しい」という話はそれまで一切されたことがありませんでした。わたしは自分のキャリアが停滞気味だったこともありますが、もともと旅行が好きで「タイで働けるのは楽しそう」という漠然とした思いもあり、心機一転、横山興業への転職を決意しました。

 

横山興業のコア技術ってなに?

タイ工場で働く中で強く感じたのは、「日本のものづくり」がどんどんコモディティ化していることでした。横山興業は60年以上にわたって日本の自動車製造を支えてきました。当然、その技術力には絶対の自信がありました。しかし、タイ工場が稼働してしばらくすると、現実を目の当たりにしました。現地人の技術習得スピードが早く、しっかりと教育をすれば数年で独り立ちできると感じられたのです。また、タイには低価格・低品質でも何とか使えそうな部品を提供するライバル企業の工場がいくつか存在していることを知りました。そうした競合との価格競争に巻き込まれれば、ますますコモディティ化が進んでしまう。そんな危機感を抱きました。

さらに、横山興業に入社して驚いたのが、製造業でありながら製品の設計図を自分たちで描かないことでした。あくまで下請けなので、クライアントが作った設計図をもとに、決められた品質のものをいかに安く、決まった納期で製造するかが重要なのです。商品企画、市場調査、販売のノウハウは、わたしがイメージしていたものとは大きく異なりました。このような下請け構造と今後予想される自動車業界の激変を考えると、「このままでは今後数十年先まで残っていけないのでは」という気持ちが強くなりました。

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そんな状況から脱却するために、「横山興業だからこそできる技術の活かし方を模索しなければならない」と考え始めたのが、入社して1年ほど経った2012年のことでした。すぐに実行に移し、金属加工技術を活かして「防犯フェンス」を試作しました。自分たちで商品の企画開発から手がけた初めての製品です。しかし、これは失敗でした。試作品を一目見て、「これは売れないな」と直感的に思いました。販売に踏み切らず、そうした“前向きなあきらめ”をすぐに決断したのは、いま思えば正解でした。

防犯フェンスでの失敗を分析する中で「すべてを自社で行うのは限界がある」という考えにたどり着きました。ここには、自分がかつて1人で何でもやろうとして失敗した経験が活かされています。それぞれの強みを持った企業どうしが協業すれば、もっと良い商品が生み出せるのではないかと思ったのです。

他社と協業するうえで、横山興業の強みである「コア技術」を明確にする必要があります。そこで、コア技術を探るために技術者にヒアリングを重ね、“技術の棚卸し”を進めていきました。その中で浮かび上がったのが、金属の研磨技術でした。

横山興業のある女性技術者は、金型を作るとき、出勤してから帰るまでの約8時間、ずっと研磨作業を続けます。金型が完成したかどうかは、その技術者が自身の目で確認して最終的に判断します。本人は、研磨中の金型を手に「まだこの部分が白いから、もうちょっと研磨する必要がありますね」と言うのですが、わたしが見ても白い部分なんて見当たりません。そのくらい、素人には理解できない微細な作業をしているということを、そのとき初めて知りました。

 

ドイツの展示会出展が転機に

この研磨技術をコアに、いくつかの製造会社と手を組むことで、カクテルシェーカー「BIRDY.」が誕生しました。なぜカクテルシェーカーなのかというと、「わたしが大のバー好きだから」という至極シンプルな理由です(笑)。バーテンダーが使うシェーカーを研磨技術を使って作ったらどうなるんだろうという思いつきがきっかけでした。また、競争相手が少ないことと大手が参入してこない市場であることも重要な要素でした。

「BIRDY.」のカクテルシェーカーの特徴の1つは、そのフォルムです。独特な楕円形は、従来のカクテルシェーカーとは一線を画します。また、内面に横山興業の研磨技術を活用することで、独特のざらつきが生まれ、これまでにないドリンクの混ざり具合を実現します。その結果、お酒が驚くほどまろやかな味になるのです。

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商品には自信がありました。開発段階では、複数のバーテンダーから何度もフィードバックをもらい、改良を重ねてきました。また、ステンレス加工に強みを持つ新潟県燕市のステンレス加工会社や、「自社の技術力をもっと活かしたい」という同じ志を持つ地元の製造会社からも協力を得ることができました。こうして、日本のものづくりの粋を集めた商品が誕生したのです。

ただ、最初は思ったように売れず、苦労しました。しばらくはECサイトで細々と販売する時期が続きましたが、やがて転機が訪れました。独自技術や伝統・生活文化を活かした商材を持つ個性的な中小企業の海外展開を応援するために経済産業省が支援している「MORE THAN PROJECT」に「BIRDY.」が選ばれ、ドイツで開催される世界最大のバー業界の展示会「BAR CONVENT BERLIN」に出展することになったのです。

海外のバーテンダーたちに実際に「BIRDY.」に触れてもらい、高い評価を得ることができました。商品を信じていてよかったと思いましたね。おもしろかったのは、日本では商品の機能面についての質問が多いのですが、海外では「自動車部品メーカーが作ったカクテルシェーカー」というストーリーに惹かれる人が圧倒的に多かったことです。そうした背景に共感した多くのバーテンダーが購入してくれました。その後、バーテンダーの間に口コミで広がり、海外での販売数がじわじわと増加。今では、17カ国・地域で販売しています。そして、海外での売上拡大に伴って国内での需要も増加し、現在では事業化を見込めるまでに成長しました。

 

次に目指すのは、新たなプラットフォームの構築

その後、「BIRDY.」は、カクテルシェーカーだけでなく、デキャンタ、タンブラー、バースプーン、ストレーナーなどのカクテルツールにラインアップを拡充。さらに2018年5月からは、新たにグラスタオルとキッチンタオルの販売をスタートしました。タオルも実は「まだまだ成長の余地があるのでは?」という疑問からスタートした製品です。「BIRDY.」のタオルは吸水率を高めるために、繊維から独自開発しています。今後も「飲む、食べる、生活する」をテーマに「BIRDY.」ブランドを展開していく予定です。

そして、その先に目指すのは、製造会社がその技術力を発揮できる、新たな「ものづくりプラットフォーム」を構築することです。現時点で「BIRDY.」ブランドの商品は10社ほどの企業と手を組んで開発・製造していますが、まだ扱える素材は金属と繊維のみです。今後は、そのほかの素材の加工技術を持った中小のものづくり企業とも協業することで、より広範な製品を開発できる体制を構築し、「BIRDY.」ブランドの幅を広げていく計画です。

ものづくり企業が自社の強みを活かすことのできる相互連携プラットフォームがあれば、技術力のある中小企業はこれまでのように下請け仕事のみに依存することがなくなり、真の意味で「日本のものづくり」を守ることにつながると考えています。日本のものづくり技術を結集して、デヴィッド・ボウイさんのように、世間をアッと驚かせるような商品を次々と世に送り出していきたいですね。

 

■会社概要:横山興業株式会社
本社所在地:愛知県豊田市
設立:1956年(昭和31年)12月
代表者:代表取締役会長 横山眞久、代表取締役社長 横山栄介
資本金:4,000万円
従業員数:195名
事業内容:自動車シート向け製品の金属プレス加工・溶接加工、建築資材の加工および販売、太陽光発電システムの施工・販売、オール電化製品(エコキュート・IHヒーター)の施工・販売、金属製品(BIRDY.)の企画設計、製造および販売・卸売

 

■プロフィール:横山哲也(よこやま・てつや)
1981年生まれ、早稲田大学第一文学部卒業。
東京でWebデザイナーとして活躍したあと、祖父創業の横山興業で商品企画室長として、「BIRDY.」ブランドを立ち上げ、シェーカーなどのカクテル用品を開発。自動車部品メーカーとして培った技術を応用し、異分野・異業種へ挑戦する中小企業として、2016年4月「日経スペシャル ガイアの夜明け」で紹介された。

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