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何のために「働き方改革」を行うのか! 経営者は早急にグランドデザインを!!

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2019/08/26

2019年4月に働き方改革関連法が施行され、多くの企業では「時間外労働の上限規制」や「年次有給休暇取得の義務付け」がルール化されました。そもそも働き方改革は、従業員の労働時間を削減することが目的だったのでしょうか。早稲田大学ビジネススクール 経営学博士の入山章栄教授は、「働き方改革を経営課題と捉え、経営者が本腰を入れて取り組まなければならない」と警鐘を鳴らしています。同氏にその理由を聞きました。

 

いまの「働き方改革」は中間管理職を疲弊させる

「働き方改革」が声高に叫ばれていますが、うまくいっているという話はあまり聞きません。なぜ、うまくいかないのか。原因の一つは、働き方改革を主導する政府のグランドデザインが弱いことでしょう。そのため、多くの経営者も「何のためにやるのか」という核心部分が腹落ちしないまま、周囲の掛け声に歩調を合わせているようにしか見えません。

早稲田大学ビジネススクール 経営学博士 教授 入山章栄氏は、 「イノベーションベースの働き方改革に本気で取り組まなければならない」と警鐘を鳴らす

働き方改革は、単純に「定時で帰りなさい」「残業を止めなさい」と言っても、業務量が減らなければ現場にとってはむしろ苦痛になってしまいます。会社の方針であれば従わざるをえないため、もともと残業していた部下を定時で帰らせる代わりに、その業務を中間管理職が巻き取る企業も多いと聞きます。働き方改革が必要だとはいえ、それによって部門、あるいは自身に課せられた業績の目標数値が下方修正された例は稀でしょう。

忘れてならないのは、働き方改革そのものは、「目的」ではなく「手段」であるということです。その手段によって従業員により良い業務環境を提供し、結果として企業の業績が向上するのが本来の姿のはずですが、実際には真逆のことが起きているのです。「とりあえず残業時間を減らせばいいだろう」というぼんやりしたビジョンのまま進めようとするため、従業員、特に中間管理職を疲弊させている企業が多いのが現状です。

「ダイバーシティ」で掲げられた「2020年女性管理職比率30%目標」にも違和感

実は、グランドデザインが弱かったために同様の問題が発生している例がこのほかにもあります。それは「ダイバーシティ」です。

企業や社会がダイバーシティを進める目的はさまざまなはずですが、ポイントは「何のためにダイバーシティを進めるのか」を企業や国民が腹落ちしていることでしょう。しかし、その「何のために」が日本では弱いのです。

経営学の視点からは、ダイバーシティとは、性別、国籍、人種などの垣根を越えて組織が多様な人材を受け入れることで、これまでになかった新たな知と知の組み合わせが生まれ、結果としてイノベーションなどを生み出すことが目的です。しかし、日本企業ではこのような明確な理由が薄く、ただ政府が「2020年までに女性の管理職比率を30%に」という目標だけをうたうので、腹落ちがなく前に進まないのです。

わたしは、女性の管理職比率を30%に増やすことに対して反対というわけではありません。むしろ、無理やりでも女性や外国人を企業に取り込んだほうがいいとすら思っています。しかし、ポイントは「何のためにやるのか」の腹落ちがなければ、結局は進まないということです。

明確なグランドデザインを描くことで成功したデンマーク

このような働き方や企業の人事のあり方について、明確なグランドデザインを描いている国の一例がデンマークです。同国では労働時間が短く、週37時間と決められています。先日、わたしが訪問したデンマークの会社では、ほとんどの社員が9時に出社し、15時に退社していました。夏季と冬季の休暇も日本よりはるかに長く、日本人から見たら「なんて幸せな国だ」と思うことでしょう。

このように、日本よりも労働時間が圧倒的に短いにもかかわらず、国際通貨基金(IMF)が発表した2018年の1人あたり名目GDPでは、デンマークは世界10位、日本は26位となっています。つまり、デンマークは日本よりも1人あたりの生産性が高いことを意味しています。

その一方で、同国は税金がとても高い福祉国家としても知られており、消費税は25%、所得税は52.02%、自動車税にいたっては150%です。さらに言えば、平等主義が強いため、米国にあるようなメガベンチャーもなかなか出現しません。このようにデンマークという国では、「みんなが働きやすい環境を作り、生産性も上げる一方で、税金は高く、メガベンチャーを起こして高収入を得ようとする人には向かない国でもある」といったグランドデザインがしっかり定義されていることがポイントです。

それに対して日本は、“何もかもいいとこ取り”をしようとして中途半端になっているという印象を受けます。グランドデザインには常にトレードオフがあり、何かを得るなら何かを捨てなければなりません。

例えば、労働時間を短縮して生産性を上げる手段の1つに、IT活用があります。実際にデンマークをはじめとする欧米諸国でも、積極的にITを活用することで労働時間を減らしています。すなわち、業務時間を削減するには、巨額のIT投資が不可欠となります。ところが、日本では積極的にIT投資ができる企業は限られており、特に中小企業はIT活用が遅れているところが多いようです。そうだとすれば、働き方改革を進めるためには、中小企業などにIT活用を促すインセンティブ作りが必要かもしれません。

「会社で通用する人材」ではなく、「市場で通用する人材」が求められる

わたしがいまの日本企業において非常に重要視しているのが、人事のあり方についてです。日本では90年代初頭まで、「メンバーシップ型雇用」が一般的でした。新卒一括採用かつ終身雇用を前提としており、年功序列による平等主義、会社のための人材育成が中心で採用するのも同質の人材となります。そのため、それぞれの知と知を組み合わせても、なかなかイノベーションは生まれません。

欧米のグローバル企業では、イノベーション促進を目的とした人事戦略が策定されている

このモデルは90年代のバブル崩壊後に通用しなくなったというのがわたしの認識です。本来であれば、日本企業はそのときから人事制度を抜本的に変えていく必要がありました。しかし、日本企業の人事の仕組みは、1980年代まではすべてがうまく噛み合っていました。成功体験があると、それを変えるのは容易ではありません。そのため、多くの日本企業はそこでつまずき、立ち直れないまま現在に至っているのです。

いま世界で常識になっているのが「ジョブ・ディスクリプション型雇用」です。このモデルでは、中途採用とダイバーシティが主流となり、知の探求が促進されます。また、平等主義ではなくエリート抜擢主義で、「会社で通用する人材」よりも「市場で通用する人材」が求められます。その結果、市場価値の高い人材ほど流動しやすくなります。このように、グローバル企業の人材育成は、イノベーションがベースになります。

さらに、欧米では時短と分業化の流れが進んでおり、時短人材も積極的に活用していこうという動きがあります。例えば、出産や育児などで一度職場を離れた主婦の中にも、すぐれたスキルを持っている方はたくさんいます。フルタイムで働くことはできなくても、時短なら働けるという人は多いはずです。

一方、日本の、特に大企業の多くは、まだこのあたりの危機感が薄いと思います。今後、国際的な競争がさらに激しくなったとき、働き方改革に本腰を入れず、時短人材の活用やコア業務の分業化から目を背け続けた大手企業から経営危機に直面していく可能性があります。経営者は、イノベーションベースの働き方改革に本気で取り組まなければなりません。いまが日本の企業にとって正念場と言えるでしょう。

 

■プロフィール:入山章栄(イリヤマ・アキエ)
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年から現職。

 

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